19年ぶりの再会

今日、高校の時の同級生Kにバッタリ会いました。卒業式以来会ったことがなかったので約19年ぶりです。

 

 お互いの姿を見て「おっさんやなぁ」 と笑えました。何せ前回会ったときはニキビの跡も消えない顔に学生服だったのですからギャップも大きいです。

 19年のギャップがあっても、直ぐに19年前と変わらず馬鹿なことを言い合えるのが、学生時代の友人のよいところです。

 

 それだけでも充分嬉しい出来事だったのですが、私がもっと嬉しかったのが、今の仕事を聞いたときです。Kは現在、自分で車などのペイントデザインを行っているとのことでした。

 彼は高校の時から絵がうまかったのです。絵と言っても美術の成績にはあまり影響しない、漫画的な絵です。

 よく授業中に、先生の似顔絵(かなりデフォルメされた)が回ってきて、思わず笑ってしまい、先生に怒られることがありました。それは全てKの仕業でした。確か卒業文集の表紙は、彼が書いたクラス全員の似顔絵(かなりデフォルメされた)でした。
 間違いなくKは、そういう才能を持っているのだと思います。

 

 その後、彼は普通の会社に就職したと聞いていました。

 それが、(最近と言っていましたが)そういうことを仕事にした、と聞いて何故だかとても嬉しい気分になりました。

 夢を追っていた人たちも、30代も後半になってくると大抵は、夢をあきらめ現実的な安定した生活をするようになるのですが、自分の好きなこと、自分の才能を生かした仕事をしているKに出会い、本当に嬉しく感じました。

 自分も頑張らねばと思い、やる気が湧いてきました。

100%勇気!もうやりきるしかないさ〜

先日、Youが入院しました。妻がYouと一緒に病院に宿泊していたため、久しぶりにHannaと二人だけで、2日間過ごしました。

 

オーストラリアに行ったときなど、二人だけで1週間くらい過ごしたのですが、平気で楽しく過ごせたのですが、今回はとても寂しがりました。

 

入院ということで、親たちが焦っている様子も伝わったのでしょうが、夜になるとYouちゃんと一緒にいたい、お母さんと一緒にいたいといいながら、大泣きしました。

お見舞いに行ったときも帰りたがらず、大泣きするHannaを無理矢理連れて帰ってきてました。レンタルビデオで好きなビデオを借りてきたり、コンビニでゼリーやプリンを買って、それでなだめて、家に帰るのですが、家でも元気がありません。

一番ひどかったのが、電気を消して布団に入ってからで、ワンワン泣いていました。泣き疲れて眠った後、その横で仕事をしていると、夜中に突然、Hannaがもの凄くはっきり、歌を歌い始めました

「そう100%勇気〜もうやりきるし〜かないさ〜」(忍たま乱太郎の主題歌)

あまりにはっきり歌うので、起きたのかと思ってHannaを見ると、寝ています。何か夢を見て歌っているようです。

 

寂しくて、不安で、さんざん泣いてぐずっていたHannaですが、本人なりに「頑張らねば」という意識があったようで、自分を勇気づける歌を夢で見ながら歌っていたのでしょうか?

 翌朝、本人に聞いても何も覚えていない(当然ですが)とは言っていましたが、前日よりは元気になっていた気がします。

親指シフトキーボード

 親指シフトキーボードとは、1980年に富士通のワープロ「オアシス」で採用された日本語入力に優れたキーボードです。

 日本語を入力する際に、動かさなければいけない範囲が極力少なくなるようになっており、ローマ字入力に比べて非常に高速に日本語を入力できます。

 

 私は1989年に親指シフトキーボードに出会い、しばらく愛用していました。慣れてくると人がしゃべるスピードで入力できるので、速記の変わりにも使えていました。

 ワープロ専用機からパソコンに変わっても、(高価な)後付の親指シフトキーボードを購入して使用していました。いろいろな人に「日本語を入力するなら絶対親指シフトキーボードだ!」と言いふらしていました。

 オーストラリアに(しばらく生活するつもりで)いくときも、荷物の中には巨大な親指シフトキーボードを入れてゆきました。

 

 とにかく親指シフトキーボードを愛していました。これ以外では日本語の入力はしたくないと思っていました。

 

・・・しかし、ウインドウズ95が出てから、しばらく親指シフトキーボードのドライバが入手できず、通常のキーボードを使うようになり、その後は、ノートパソコンを主に使用するようになり、世の中のニュースなどでも一切「親指シフトキーボード」という言葉を聞かなくなってきて、親指シフトキーボードそのものが、もう、なくなってゆくものなのかと思っていました。私も「元」親指シフトキーボード愛好家、となっておりました。

 しかし、世の中には親指シフトキーボードは生きていました。ちゃんとサイトもあるし、愛好家もいるようです。Googleで調べるとたくさんサイトが見つかります。

 私の親指シフトキーボードへの愛着など、その人達に言わせれば大したことなかったのかもしれません。